Interview004

京都大学特任教授 資源・環境ジャーナリスト
谷口 正次さん

ー谷口さんは、このたび東洋経済新報社より「自然資本経営のすすめ」を出版されました。
私は、人類は文明そのものを変えなければいけない崖っぷちまできているのだ、ということが意外と日本の人達にはほとんど知らされてない現実があるように感じています。日本の政府もメディアも、あまりこの事を熱心に報道しません。2012年6月にリオデジャネイロで地球環境サミット「リオ+20」が開催されました。このとき国連は520ページ以上に及ぶレポートを出しました。これは約三年間かけて600人の科学者が調査研究した結果、地球は限界にきている、後戻りできないところまで来ている、という結論でした。このままいけば集団自殺するようなもので、人類は生き方を変えるしかないのだと。しかし、この内容は日本のメディアではほとんど報道されませんでした。
私は、ジャーナリストという立場からも、何とかこの現実を日本の皆さんにも深くご理解頂く必要があると思いました。また、単に警鐘を鳴らすだけではなく、具体的に経済活動や社会の現場においてどのような方向へと舵を切るべきなのか、その指針を作りたいと思いました。
「自然資本」を「経営する」という意味の「自然資本経営」という言い方は、おそらく世界的にも初めてこの本で使われたのではないかと思います。新たな文明へのパラダイムシフトを実現する上では、学術的な論争だけでは先には進みません。まさに、自然資本を経営するという具体的手法の開発が不可欠であると考えています。

ー谷口さんは、著書の冒頭の部分で、学問の系譜に対する疑問も投げかけておられますね。
この本で一番言いたかったのは、実はその部分かもしれません。現代文明そのものを変える、という事は容易な事ではありません。物の考え方、常識、ルールの土台・根本を変える必要があるからです。
現代文明の礎は、ではどこから来ているのか。それを私はデカルト・ニュートン派、と呼んでいます。アリストテレス、デカルト、ニュートン、ベンサム、アインシュタイン、等がその代表的な面々です。一言で説明すれば、この系譜は原則的に数学主義で、言葉・文字・数字で表す事をルールの根幹に置いており、それに基づく分析、解析が正義であるグループです。いわゆる西洋合理主義の根幹ともいえるでしょう。デカルトの代表的な言葉「われ思う、ゆえに、われ在り」、まさに人間の思考が先にあり、科学によって自然をコントロールし、技術によって物質的な繁栄をもたらすモダニズムです。
一方、これとは考え方が異なるグループがいます。それを私はモンタテーニュ・ダーウィン派、またはゲーテ派、と呼んでいます。プラトン、トーマス・アキナス、モンテーニュ、ルソー、ダーウィン、ゲーテ等がその面々です。彼らはデカルト・ニュートン派とは考え方が真逆で、トーマス・アキナスは「われ在り、ゆえに、われ思う」と言いました。プラトンは「この世の中は自然と偶然と人工で出来ているが、もっとも美しく完全な物が前の二つでできており、もっとも醜くて不完全なものが最後のものでできている」と言います。ゲーテは痛烈なニュートン批判者として有名ですが、彼は、分析、分析、分析ではダメだ、物事は直観で感じるものだ、と。自然は現象であり、細分化して分析し支配するものではない、というのです。
いわゆる直観的、感覚的な世界は、これまでの合理主義の土台の上では、ないがしろにされてきました。学問の現場においては、数学的に分析・解析できないものは無意味であると無視されてきました。しかし、人類が大きな壁に当たっている今、デカルト・ニュートン派の合理主義では、何も解決できないことを私たちは直観的に感じているのではないでしょうか。もしかしたら、日本人がかつて大切にしてきた神々との対話や、先住民族達が脈々と受け継いできた自然との対話の中に、ヒントが隠されているかもしれません。人が生きていく上で不可欠な「自然」とどう向き合っていくのか。いまだ、自然の本当の姿を分析しコントロールできないデカルト・ニュートン派の科学より、人の直観に訴えてくる自然の声に耳を傾け、その本質を感覚的に捉えようとするモンテーニュ・ダーウィン派、ゲーテ派のアプローチへのシフトが求められているように思えてならないのです。

ー分析主義から直観主義への転換ですね。経営学で有名なドラッカーは、デカルト流の分析主義では経営は成り立たない、現場主義で人の声に耳を傾ける事こそ重要だ、と述べています。経営の現場においては、まさに直観的にデカルト・ニュートン派に見切りをつけているのかもしれません。
まさに正解ですね。ゲーテが同じ事を言っていますね。分析して判断すると間違うことが多い。直感は絶対に裏切らない、と。ある事象を直感でもって感じる方が、実は間違うことが少ない。分析し体系化したりシステム化して判断をすると、間違えて裏切られることが多いわけです。
私たちは、既に仕事の現場ではそういう風に実践し始めている。しかし、世の中の礎が頑固として変わっていない。だから、政策や法律が合わなくなっていく。企業経営や国家経営が自然資本経営にシフトするためには、まさに、考え方の根本からパラダイムシフトすることが不可欠なのです。
ドラッカーは、本国ではさほど人気が高くないようですが、日本では絶大な人気がありますね。日本人は、西洋人よりは合理主義に毒されていないのかもしれません。その分、ゲーテ派的なドラッカーを直観的に受け入れているのかもしれません。その意味では、日本が世界に先駆けて、自然資本経営を実践していく事を期待しています。

Details:
Admin
Dec 14, 2014
Categories:
かぐらかぐら
Tags:
Column

谷口正次さんプロフィール

たにぐち まさつぐ
1938年東京都生まれ。
60年、九州工業大学鉱山工学科卒業。同年、小野田セメント㈱入社。87年、資源事 業部長に就任、各種鉱物資源関連事業を手がける。93年、常務取締役に就任、環境事 業部を立ち上げる。96年、秩父小野田㈱専務取締役、98年、太平洋セメント(株)専務 取締役(研究開発・資源事業・環境事業管掌)。現在、京都大学経済学研究科共同研究講 座特任教授。資源・環境ジャーナリスト(講演・執筆活動)、資源・環境戦略設計事務所 代表。他にNPO法人ものづくり生命文明機構理事。サスティナビリティ日本フォーラ ム理事、(社)クラブ・エコファクチュア理事等も務める。専門は資源・環境論。