Interview003

株式会社ミヅマアートギャラリー エグゼクティブディレクター
三潴 末雄さん

―まずはこの度出版された著書「アートにとって価値とは何か」について教えてください。
1989年からの4半世紀にわたる私のギャラリー活動について、自分の経験と考え方を書かせて頂きました。日本は、いまだ欧米の文化・文明に対する圧倒的なコンプレックスのもとにいると感じています。第二次大戦に負けた精神的なダメージが本当に強すぎました。西洋の有名な印象派の展覧会には人が押し寄せます。もちろん、最近は江戸の若冲の展覧会にも大勢入るようになりましたが、やはりまだどこか、美の元は欧米にあると潜在的に思い込んでいる節があるのです。
けれども、実はこの東洋の小国の日本が安土桃山から江戸期にかけてずっと培ってきた中に世界最高峰の美術作品が生まれています。そのDNAを我々は持っているのだ、ということをもう一度見直すべきだと思います。そういうものを栄養素にした若い作家たちがたくさん出ていますよ、と知らせることが私のギャラリーの重要な仕事だと思っています。
現代アートというと理屈っぽくて難しいというイメージがあるようですが、例えば神楽サロンにも展示されている池田学の作品を見れば、予備知識なしで、1枚の絵そのものを見ただけで圧倒される、感動できる。そういう作家たちが日本から生まれている。僕たち日本人が自信を持って自国の文化の素晴らしさを世界へ発信していけるような、そういう場所にいるのだということを、改めて皆さんに知ってもらいたいと思っています。
あまりにも西洋由来のアートばかりに目がいってしまっているけれども、違うぞ、と。足元に素晴らしいものがあるのだから、もう一度そこを見直して、その影響下にある今の現代アートを見て欲しい、知ってほしい、そして、ギャラリーとしてはそういう作品を買ってほしい、というメッセージです。

ー三潴さんは40歳で一念発起され、イギリスへ渡って一からギャラリー修行をされたわけですが、40歳からのチャレンジというと世間一般的には遅いスタートだと思います。かなりなエネルギーが必要だったと想像しますが、どうですか?
バカほど歳のことを考えないと言われます。利口な人は人生設計があるから、色々と考えるわけですが、僕は勢いが取り柄なのでしょう。無茶でも体験しないと納得できない。
40になると世間は「厄年だから気をつけろ」という。でも僕は逆じゃないかと思いました。中途半端にお祓いしてもらうよりも、むしろ大きなことを積極的にすべきターニングポイントだと。
40の時点で、自分の人生に不満があったのだと思います。コレクターという立場でアートに関わってはいたけれど、自分が面白いと思う作家はどこのギャラリーも当時は取り扱っていなかった。だったら自分でやったほうがいいんじゃないかと。矛盾した事を言うようですが、ギャラリーのあり方はグローバルスタンダードをロンドンで学んだほうがいいと思いました。
欧米のギャラリーには、作家を見出して、その作家を育てていくという文化がありました。もちろん作家からも影響を受けて自分も一緒に育っていくわけですが、スタジオを提供したり、制作費がなければ援助したりと、才能を育てるためにサポーターとして、ギャラリーが機能しています。このスタイルを日本に持ち込みたい、と思ったのです。

ー欧米流の新しい手法に根ざしたギャラリー運営も、なかなか現代アートが受け入れられない日本においては一筋縄にはいかなかった歴史も本で振り返っておられます。今後、日本において現代アートが市民権を得ていくのに必要な事は何でしょうか
日本はまさにこれからだけれども、本当に伸びていくには、マーケットが少なくとも今の倍に大きくなることが重要です。そして、日本の作家の作品を支えるのは、やはり日本人が中心になっていかないといけない。西洋に限らず、アジアの新興国においても、どの国も自国の作家は自国の人が支えているのです。その上で、国外の人が面白いと思って集まってくる構図なのです。
最近ブラム&ポーというギャラリーが表参道にオープンし、これからジョン・マカーフィーというニューヨークのソーホーにあるギャラリーもオープンするようです。しかし、現時点では彼らは欧米の作品を日本に輸入して紹介しようとしています。一方、同じように世界のトップギャラリーが香港にどんどんオープンしていますが、そこでの風景は全く違います。香港では、外資ギャラリーを含めて扱われる主役は、あくまで中国の現代アートなのです。
我々、国内のギャラリーがもっと努力しなければいけないのですが、日本の皆さんにも、日本の現代アートのレベルの高さ、素晴らしさを知って頂き、彼らの作品を所有するという形で、作家たちを支援していく素地を広げていきたいと思います。

ー日本にも現代アートファンが増え、市場が広がるといいのですが、実際どう広げていけばいいと考えていますか?
ひとつはやはり、アートは難しいというイメージを捨てて、ギャラリーにまずは来て頂いて、実際に直接観てもらいたいと思います。入場料も無料です。もしわからないこと、聞きたい事があれば、是非スタッフや作家に素朴な疑問を聞いてみてください。ギャラリーは、まずコミ ュニケーションの場です。オープニングレセプションでは、特にお酒を飲みながらの場ですから、そういうところに来て頂くのも楽しいと思います。作家も来場していますから直接彼らが何を考えているか知る機会です。
この絵はこんなに大きいのに意外と安いけど、あなた大丈夫?などと声をかけてみてください。おもしろそうだ、と興味をもし持ったら、小さな作品でも買ってみてあげてください。それが最初になって、それからずっと見続けていくというように徐々に親しんでいって頂けると嬉しいです。日本には四季があり、茶道の世界では四季折々絵を変えますね。購入したアートも、四季折々や気分で部屋に掛ける作品を変えるような楽しみ方をしていけば、少しずつ皆さんの認識も変わっていくと信じています。

ー最後に今月(※1)のミヅマアートギャラリーの展示「天明屋尚展」の見所を教えてください。
天明屋尚は、自らの作品を「ネオ日本画」と語っているとおり、明治からの日本画ではなく、もっと古く安土桃山から江戸時代の、絢爛豪華でかぶいていた美意識、バサラ美学という派手でかっこいい世界に美を見出した作家です。日本文化というと、ワビさびで語られやすいけど、一方でこういう美意識も持っているということを見てもらえるいいチャンスだと思います。今月は都内十か所で同時展示を行いますが、ミヅマアートギャラリーでは彼の新作を展示しますので、是非足をお運び頂けると幸いです。
( ※1「かぐらかぐら」3号発行時点。「天明屋尚展」は現在終了しています。)

三潴末雄さんプロフィール

みづま すえお
東京生まれ。成城大学文芸学科卒業。
1980年代からギャラリー活動を開始、1994年ミヅマアートギャラリーを青山に開設。(現在は新宿区市谷田町)
2000年から活動の幅を海外に広げ、国際的なアートフェアに積極的に参加。消費文明の激流に抗した毒と批評性にあふれた作家を紹介、「ジパング展」等の展覧会を積極的にキュレーションし、日本、アジアの作家を中心に世界に紹介し続けている。
2008年に北京(現在は事務所)、2012年にシンガポールにギャラリーを開設。
2014年『アートにとって価値とは何か』を幻冬舎より出版。

『ミヅマアートギャラリー』
mizuma-art.co.jp

アートにとって価値とは何か

三潴末雄 / 著  幻冬舎刊
2014年9月  1,700円(税別)

<書籍紹介>
アートの価値とは何で決まるのか? 日本人のアートは西洋人にとって土人の土産物なのか? 日本の現代美術界において常に台風の目となってきたミヅマギャラリーの闘いのすべて。
海外では草間彌生、村上隆、奈良美智などを筆頭にした日本人アーティストが脚光を浴び、目の飛び出るような価格で作品が売り買いされている。そんな中でつねに日本の現代美術の中心にいて気を吐いていたのが三潴末雄率いるミヅマアートギャラリーだ。彼は、毒と批評精神に溢れた作家を世界に紹介するとともに、ジパング展等の展覧会を積極的にキュレーションし、会田誠、山口晃、OJUN、鴻池朋子、天明屋尚、宮永愛子など注目すべきの作家を輩出させた。彼の四半世紀の過程は、まさに日本人が日本のアートをどうやったら世界に認めさせることができるのかという歴史でもあった。アーティストを評価し、売り出すこと、アート作品を売買することの中で、いったいアートの価値とは何なのか。本書はその闘いの集大成である。

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